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2007年8月 5日 (日)

こんにちは、バッハ先生

Bach 前に礒山先生の「マタイ受難曲」の評論の大冊を読んでいたら、確かに大ボス、礒山先生ってバッハオタクなんだ・・・・などと思いつつ、そういえばバッハの生涯もよく知らなかったことに気がつき、伝記評伝のたぐいを捜したところ、近所の図書館にはこういう本しかなかった。

翻訳のもののこの本は、当時の文献でバッハの生涯をたどるのもで、実際に書かれた書簡などを読むことが出来、当時の様子が描かれた銅版画などが多く掲載されている。

バッハというと、この肖像画が有名で、最初から“大”バッハ、という感じがしていたけれども、こうして本を読んでみたら、彼はボーイソプラノの美しい声を持っていたのだそうだ。

もともとバッハ一族は音楽に関わってきた一族だったという。“子どもが歩けるようになるやいなや音楽教育を始める、幾世紀も音楽を天職としてきた家系”に生まれた。しかし10歳になる頃までに母と父を失い、兄のもとで育つも、家計に相応の負担をしなければならなかった。クレンデと呼ばれる学校の合唱隊で報酬を受けるために歌った。

結婚式、葬式、特定の祝祭の日の施しを集めるための合唱。歌は常に身近にあったのですね。

15歳のバッハは聖ミカエル教会の全寮制学校の授業料全額免除の生徒として入学を許可され、300kmの道のりを徒歩旅行する。

美しいボーイソプラノが失われた時も、ときにチェンバロ、ときにヴァイオリン、あるいはオルガニストの代理でオルガンを弾くこともあった。教会図書館で16,17世紀の楽譜を写譜したり、また騎士学校でフェンシングやフランス語を学んだ。

当時の教会の学校というのは貧しいが才能のある子どもは無償でさらに俸給付きで教育を受けることが出来たようですね。しかし、もちろん楽器や歌が歌えなければならないし、歌のために勉強を休むこともあったようです。

その後、宮廷音楽家、教会オルガニスト、などを繰り返して最終的にライプツィヒの聖トーマス教会のカントル職で生涯を終えることになります。

この本ではその間の雇い主や議会とのやりとりの書簡が生々しく、音楽家バッハというよりも実際に世の中を渡っていく、したたかな人間バッハがいます。

「ヨハネ受難曲」や、「マタイ受難曲」を作曲、初演したカントル職に就いていた当時、校長や議会と折り合いが悪く、聖トーマス学校の生徒だけでは演奏に支障を来すと何度も改善の嘆願をしていたとは、礒山先生の評論でもわからなかったことでした。

リストはピアニストとしても超絶技巧の持ち主で美貌で人気があったというのは知っていましたが、バッハもオルガニストとして超絶技巧の持ち主だったとは知りませんでした。ピアノファオルテの制作者とは顔なじみで、最初の1台を検分して試奏し、感嘆し、褒めもしたけれど、欠点も的確に指摘し、そのために改良が重ねられて新型の1台が出来たのだと。現代のピアノのルーツにバッハがかかわっていたとは。

偉大な演奏家といえどもそれが残っていなければ後世の人には判りようもありませんが、楽譜が残っている大作曲家として今も研究者がたくさんいるバッハ・・・・。

私は全くそんなつもりはありませんが、とりあえず、こんにちは、バッハ先生。

ところで、バッハの死後数十年で墓の場所は不明になっていたようです。

おりしもお盆で、なにげなくお墓の話になりました。

私「自由墓地で、形も自由なのが良いなあ・・・」

娘「え?もしかしてお墓にうるちゃん?」

私「えええ~・・・まさかあ・・・(--;)」

夫「今、レーザーで写真でも何でもほれるでしょ?」

私「ええ~~~じゃあ、DIVOの写真彫るの?」

娘、夫「ぎゃははっはは・・・・」

私「あのさ~、音でるのがいいなあ・・」

娘、夫「?」

私「センサー付きで、お参りにいくとDIVOの曲が流れるの。(^^)b」

娘、夫「爆笑、ちょっと!そりゃ、周りの人に迷惑だ!(^凹^)ガハハ」

いや、そりゃ、いきなりカルロスがみまんけら~い、って叫んだらびっくりすると思うけど・・^^;ピアノ曲のMamaならそんなに迷惑じゃないんじゃないかな・・。

オリジナルMIDI音源作ってもらおうかな・・・。(^m^)

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コメント

そう言えば大学でそのようなことを習った記憶が・・・(笑)
音楽史や西洋音楽史やらで学んだことは自分の好きなアーティストや強く印象に残ってる人だけで、その他は忘れちゃったわ。もったいない。

お墓に音楽か。それよりお葬式は音楽葬にしてもらって、DIVOを思う存分流してもらいます。

投稿: まなみ | 2007年8月 5日 (日) 23時29分

まなみさん


やっぱりこういうのって、専門知識で一般常識の範囲を超えてるよね。^^;

>>>>DIVOを思う存分流してもらいます。

うん、それは私も言ってある。
でも実現はきっと不可能だと思うから、せめてお通夜は頼むよ、て。悲愴と、Time to say good byeとDIVOと。

あと何が増えるかな~?(^・^)

投稿: ぴろちゃん | 2007年8月 6日 (月) 09時26分

あら、偶然!
わたしも昨日、バッハの生い立ちの文をCDの解説で読んだところだったわ。
オルガンもバイオリンもピアノもちゃっちゃとやってしまうのだから、やっぱりこの方達は天才!なのでしょうね~。
ぴろちゃんのお墓の話を読んで、「私は絶対にお参りに行くからね!」って書くつもりだったんだけど、あなたも私も一緒に年老いてゆくのだから、それは無理だということに気がついたのでした。
残念だ・・・・

投稿: きよみ | 2007年8月 6日 (月) 09時55分

バッハ・・チェロ好き星人としてはやっぱり無伴奏チェロ組曲をよく聴くけど・・でも素敵な曲が本当に沢山あって素晴らしい才能だよね。なんたってセバスチャンだし・・
(ってそこかよ!?)
あ~、天上から降ってくるようなパイプオルガンの曲もまた生で聴きたいわ~。

お墓ね~、流してほしい曲色々あるけど、私カレーが大好きなので
ボタンを押すとカレーの匂いが香る・・ってのどう~?
私も昨日time to say good byeCDで聴いてたのよ~、DIVOバージョン聴きたいのでアルバムに入れるアルよろしだすネ。
しかし毎日暑いよ~ん!

投稿: りお | 2007年8月 6日 (月) 10時24分

ぴろちゃんはバッハの生涯ですかぁ。
うちでは次女がビバルディですよん。
どうしてーー?と聞いたら、図書館にあったからだって。
誰か音楽家についてひとり調べるという宿題だそうな。
彼女はまったく興味がないのよ。
のろのろ読んでいるから・・全く!
私がかわりに読んでしまったよーー。
ぴろちゃんの↑をコピーして貼り付けて宿題にした方が
早いような気がするよ。

私は急に暑くなったので、すでに生きた屍状態です。
あああ・・外に出たくないよーー(涙)
でも出ないと生きていかれない(涙)


投稿: かろちゃん | 2007年8月 6日 (月) 11時28分

きよみさん


うふふ。バッハの生涯も一部DIVOファンのなかではもはや、一般常識?(^ニ^)
この本の中に息子の文章があって、バッハがベルリンの新しい歌劇場を見学したときにすぐに音響効果の長所短所に気がついた、とあり、演奏だけでなく、やはり傑出した人物だったのだろうな、と思いました。
だから、もしバッハに望みうる最高の演奏者を与えることが出来たら、どんな演奏が聞けただろうと思うんだなあ!

>>>>あなたも私も一緒に年老いてゆくのだから、それは無理・・・

それは判らないわよ。
センサーのオルゴールは娘が子どもたちでつけてくれるって。(本気みたいだ・・・。^^;)
もし、きよみさんが長生きだったら、是非来てみて。娘に言っておくから。(^凹^)ガハハ

りおさん


へへへ。セバスチャンで、「小川」さんなんだよ、Bachって。
私もこの前雨の日にYO-YOを聞いていたよ。
雨の日にチェロって良くあうねえ・・。

>>>>DIVOバージョン聴きたいのでアルバムに入れるアルよろしだすネ。

そう!私もこれはすごく望んでるの。
でも、DIVOでアレンジってどんな感じかと想像してみるけど、なかなか難しいのよね・・・。
でも、歌い出しはそっとDavidが優しく(早口イタリア語だし・・)続いてUrs、Seb、って感じかなあ・・・Ursの対旋律はどこにはいるか私にはさっぱり想像できないけど、最後はカルロスの雄叫びで、con te~~!でしょう!
・・・なんてね。(^^ゞ

投稿: ぴろちゃん | 2007年8月 6日 (月) 11時38分

かろちゃん


ひゃ~、今日はほんと、焦げそうだよねえ!
ヴィヴァルディでしたか、「四季」ですね。
バッハ、ヘンデル、ハイドン、モーツァルト、の次がヴィヴァルディだったけど、あいにく記憶にないなあ・・。^^;

でもさ、ジョルジュ・サンドと恋愛関係にあった音楽家とか、実は男色家の音楽家の伝記よりは無難なのでは・・・・。なんて。
あ、メンデルスゾーンは恵まれたお坊ちゃんだったような記憶が。
^^;

投稿: ぴろちゃん | 2007年8月 6日 (月) 11時55分

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