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2007年7月30日 (月)

宿命?

夏休みといえど、何かと忙しいこのごろ。

今朝はオープンキャンパスに行った息子を迎えに4時半に起きました。

無事に行って帰ってきました。

息子の心配をしたかと思ったら、今日は娘の三者相談で、学校に行かなければなりません。

公立の志望校に向かって夏休みが正念場の娘ですが、吹奏楽部は秋まで活動、委員会活動では委員長になっているしで、塾から帰ったら、1時間ほど学校に草むしりに行ったりしています。(・・・・うむむ。頑張れ。)

先生から私立は併願するのか聞かれ、一応、見学に行った話をすると、そこではなく、息子の行っている私立校の方がいいんじゃない?と言われ、熱心に説明されました。

息子と同じ高校は絶対嫌だと言っていた娘には寝耳に水だったようで、びっくりしていました。

私が「見てきた方はどうだったの?」と聞くと、我慢できなくなったのか目から涙が。

中学になって1年生と3年生の兄妹として転校してきた形の二人はどうも、何かと話題の種だったらしく、しかも、持っている雰囲気が似ているとおもしろがられ、兄の同級生に兄の方と間違われたり、自分の同級生には兄の名前で呼ばれる始末で、普段は平気な顔をしているくせに、実は泣くほど嫌だったのでしょうか。

兄の名前は男にも女にもある名前なので、あだ名が兄の名前なのです。

そう呼ばれても全く不自然ではないので、これはなかなかややこしい。技術の作品に兄の名前が書いてあったときは私も勘違いした。(友達に書かれた。^^;自分で書くわけはない。)

私は遅く子どもを産んだので、ちょうど2歳ずつ離れてしまいましたから、学校にはいると次男は長男の弟と言われ続けてきました。これはそっくりな兄弟の宿命なのかも知れません。

ただ次男の場合は、転校してきて兄のことを知らない人たちのなかで、ようやく誰某の弟から自分になったのでしょう。ところが妹の方が同じ目に遭っているわけです。

兄が卒業して2年もたっているのに。

そう呼んでいる子の兄が、息子の同級生なので、仕方がないと言えば仕方がない。

娘の小学生からの友達であれば、そんなこともないのでしょうが、6年間付き合った友達と、たかだか、2,3年の友達では印象の強さが違ったのでしょう。(うちの子のどこにそんなインパクトが?^^;)

私から見れば、三人はまるで違うのですが・・・・。

泣くほど嫌なら、是が非でも公立の志望校に合格できるように、頑張るアルよろし・・・と鬼母は思うのでありますが・・・。

普段、おおざっぱでがさつで姉御な娘なのですが、ちょっと周りの同級生より大人な分、我慢していることも多いのでしょう。

泣くほど嫌なら、無理せんでもよろし。好きなところ受けたらええねん。

と言う気持ちでもあります。とりあえず、最終決定は先送りされました。

ところで、息子が買ってきたお土産は・・・・^^;

やっぱり秋葉原、でした。

しかし、Omiyage 秋葉原どころか中野まで行ったんだと。

何だ、やれば出来るじゃない。

次のステップは飛行機。博多の土産は何を買ってくるのだ?

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コメント

夏は、進路選択の正念場ですね。
大学受験は、年々前倒しになっていくので、早く決めていかないと間に合わないけど、そんなにさっさと決められないです。

兄弟で同じ学校。中学までは、仕方ないですね。
うちも3姉妹、同じ中学。上の妹は同じ高校でした。
名前に3姉妹ともインパクトがあって、どうみても姉妹としか思われなかったので、一番下の妹はとてもイヤだったみたいですね。

受験生。死ぬ気で勉強すれば、出来ないことはないですよ。

投稿: プー | 2007年7月31日 (火) 07時23分

お嬢さんの気持ち分かるような、、、、。
私の場合、二人兄妹で兄とは5歳離れていました。(今もです)
中学校入学した時、私の名札を見たある先生が、「○田って、
○田の妹か?!」と、、、、「そうです」と答えると、
私を連れて職員室へ、「こいつ、○田の妹やて」と紹介、
一度に兄の妹とバレてしまいました、卒業後2年経っても
先生方には有名な悪がきだったようで、、、、。
悪いながらも、可愛がられていた悪がきのようでした。
お兄さんの出来がよければ余計に、、、、?
きっと、志望の学校行かれますよ。

投稿: Abi | 2007年7月31日 (火) 07時28分

博多は明太子よろし。

ふー。
選択肢がなかった田舎の高校生だった私なんか、母弟妹皆同じ高校、妹とは担任が一緒、弟とは(大嫌いな)数学の先生もいっしょだったわ。体育の先生は母の陸上部の先輩だし。
だから、兄弟はおろか、家庭のことも殆ど筒抜けよ。
私が一番出来が悪かったから、先に卒業して良かったけどさ。
東京じゃ考えられないわよね。

お嬢さん、ぴろちゃんの娘さんだもの、しっかりしてるって。
大丈夫だよ。泣くほどいやなら、バネがしなるのも時間の問題でしょ?

それに引き替え、学習機能のまるで付いてない、うちの・・(;´_`;)。

投稿: ゆ~こ | 2007年7月31日 (火) 08時46分

プーさん


そうですか、三姉妹もいろいろあるのですね。上の人は気楽でいいですね。^^;まあ、うちも名前が変わっているっていえばかわってるんですけど・・。

私は4人兄弟の真ん中ですが、上とも下とも離れているので、全く影響はなかったです。

全く死ぬ気にはなっていませんね。時々死んでます。(爆睡)

投稿: ぴろちゃん | 2007年7月31日 (火) 12時20分

Abiさん

>>>>私を連れて職員室へ、「こいつ、○田の妹やて」と紹介、

そりゃまた、お節介な先生・・・^^;
愛すべき悪ガキさんですか。今時は少なくなっていますよね。^^;
私は上の姉と兄とは9歳7歳差がありましたが、中学ではまだ先生が残っていたので、中学時代の兄の写真を学校で初めて見せて貰いました。
逆に弟とは6歳差で、そのときも、私の担任だった先生が残っていました。思えば学校って不思議なところ・・^^;

いや、出来はまったく関係なく、単にキャラクターが受けただけじゃないかと思います・^^;

投稿: ぴろちゃん | 2007年7月31日 (火) 12時30分

ゆ~こさん


明太子はお餞別をくれた叔父叔母には買ってこなくちゃなりませんが、高いんだよね。^^;

うちも田舎だけど・・^^;うちは兄弟全員違う高校へ進学したんだわ。不思議だ・・・。

そうか、落ちたらここだぞって事で、プレッシャーにするってのもありかな?(おお、それこそ鬼母^^;)
いや、しっかりしてそうで、実は抜けてるので、もしかしたら、母と同じ道を歩むのかも・・・
いずこも悩みは同じだね。(--;)

投稿: ぴろちゃん | 2007年7月31日 (火) 12時39分

がんばれーー娘さん!
遠くから応援しているよ!

お兄さんのところではないところを併願してみたら?
と思います。公立一本はなんだかんだと恐いような気がしますデス
うちは長女の時に公立単願で玉砕という最悪のパターンを経験してしまい、それ以後は私がトラウマになっていますデス。(「高校に行かれない!!!」と泣かれた時は私も泣いたデス。) 今から思えば、よくま調査し親子で考えて併願しておけば良かったとも思うのですが
併願校を中学が指定してくるので(そこはとても行く気がしない)
決断力のない親子だった私たちは同じことかも。
ということもあって、私は高校受験恐怖症のままデス。
次女(中一)と長男(高一)は高校受験のないところに行っているので
今の間に強くならなくちゃ。
人生はわからんものデス。長女の落ちた高校に長男が通い、次女が通う。長女が着たかった制服を次女が着ている・・いちばん強いのは子供なのかもね。
親はいつでもオロオロジタバタ。

投稿: かろちゃん | 2007年7月31日 (火) 12時40分

かろちゃん


もちろん、併願します。^^;公立一本なんて何があるか判らないんですもの。

長男の受験の時、(彼は3校受ける予定にしていた)最初の私立に受かったとき(今次男が通ってるところ^^;)私は、もう、ドキドキしちゃって、「ねえ、もういいから、ここに決めない?」と言って、長男に呆れられました。(結果彼は本命の学校へ行った。)
(;^_^A アセアセ…

>>>>>長女が着たかった制服を次女が着ている・・いちばん強いのは子供なのかもね。


ほんとね。親って心配するのと、お金を出してやるのしかできないのよね。あとは本人次第・・・。
その本人は、今日は午後からPC打っていました・・・をい!!!
σ(^◇^;)

投稿: ぴろちゃん | 2007年7月31日 (火) 18時24分

みなさん、夏休み中に三者面談があるのね。

娘さん、併願の私立、何故先生がそこを勧めるのかもよく考えた上で、
どうしてもイヤならば、お兄ちゃんと違う学校を受ければいいんじゃない?
本命は公立でしょ?
息子は高校受験の時、併願した私学にど~しても行きたくなかった
(進路を考えたらそこ以外に選択枝はなかった)
ので、公立は冒険をせず、ここなら大丈夫だろうって所を受けました。
今になって、そのツケが回ってきて、彼の大学受験は前途多難です。
でも、自分で選んだ高校だし、高校生活はエンジョイしています。

娘の方は、受験もだけど、人生そのものが前途多難な気がするな~(-_-;)

投稿: とも | 2007年7月31日 (火) 19時55分

お年頃のお子さんをお持ちのお母様は悩みも多いのね。覚悟しないと。
私は他人から見ると一卵性双生児のようなひとつ下の妹がいて、いつも同じ服を着て一緒に登校して、あだ名も一緒で、何もかも見かけが似てるって有名でした(笑)よく近所の人に名前を呼び間違えられてましたから。
だけどこういうのって下の子の方がいやなんだよね。私もいやだったけど。
クラスメートはおもしろおかしくはやしたてるだけで、本人たちの気持ちはわかってくれない。先生にしても同じ。だけどここを乗り切れば、きっとお嬢さんは他の人の痛みが分かる思いやりのある女性になると思います。
涙は無駄じゃないってことよ、がんばれ~。

投稿: まなみ | 2007年7月31日 (火) 20時51分

メンテナンスでお返事遅れました。すんまそん。

ともさん


おお、正論でございますね。私もそう思います。
さすがの論理的思考がCool!

しかし、それをうっちゃる感情が涙になって溢れてきたんでしょうねえ・・
今のことも、さらに3年後のことも考えなくてはいけないので、悩むところです。
どちらのお家にもドラマがありますね。

ところで
>>>>>受験もだけど、人生そのものが前途多難な気がするな~

たははは!これ、うちの次男のこと・・・^^;(誰に似たんだ・・)
娘はいっちゃあなんですが、勉強のことよりも、そっちの能力に長けていると思います。どこに行っても生きていけそう。(誰に似たんだ・・・)

投稿: ぴろちゃん | 2007年8月 1日 (水) 15時43分

まなみさん


>>>>一卵性双生児のようなひとつ下の妹がいて


これ、うちの場合次男が長男にそっくりで、「小さい☆☆☆(長男の名前)君」と言われていました。体格差があるので歴然と差はあるのですがねえ・・。^^;

ただ、お下がりを着ていたので、今写真を見るとどっちだか、すぐに判らないときがあります。(親なのに・・^^;)

>>>>>クラスメートはおもしろおかしくはやしたてるだけで、本人たちの気持ちはわかってくれない

私もそんなにたいしたことじゃないと思っていました。
でも、娘にしたらたいしたことじゃなかったのよね。私もちょっと反省・・。^^;

>>>>涙は無駄じゃないってことよ、がんばれ~。

どうもありがとう。(^^)ノ
みんなやさしいねえ!

娘に読ませるね。

投稿: ぴろちゃん | 2007年8月 1日 (水) 15時57分

ここでも亀で…

ぴろさん 暑中お見舞い申し上げます。今日も暑いですね。

UさんのとこでもPiroさんのコメント見させて頂きました。その前に、こちらで娘さんのこと読ませて頂いていて自分の三者面談を思い出してました。

私はね…母の母がフランス語の教師だったんです明治生まれのハイカラさんです。そんなこともあって母は二年生の時の先生の話でフランス語の授業のある私学に私が行くものと思ってはずです。でも三者面談の当日、先生から「公立センガンで、いいんでしたね」と聞いた時、寝耳に水だったようでビックリしていました(笑)
高校の三者面談では、優秀校でないけど、クラスで2人しかいない就職組みで。進学するものだと思ってたんでしょうね。推薦で就職先が決まっていることを始めて先生の口から聞いて、多分、影で泣いていました。その後、あてつけのつもりはないのですが、働きながら、お金を貯めて、やはり何の相談もせず夜学に行きました。
けして母に言葉で逆らったことはないのですが…とても傷つけてきたなぁと皆様のひとりごとを見させてもらって思うんです最近。

お嬢さん、きっと、お母さんだから涙でちゃったんでしょうね…心の何処かに、お母さんに対する甘えがあって、それは特別なんだと思います。

子に恵まれませんでしたが、いつも、お母さん達の独り言を読ませていただき、私事のように色々考えて、成長できるような気になっています。
ありがとうございます。真面目にコメント頂いたので、私も長々と真面目に書いてしまいました。d(-_^)

投稿: まいける | 2007年8月 2日 (木) 12時05分

まいけるさん


わ、コメントありがとうございます。Uさんのところではなんて書いていいか判らないほどいろいろ思い出されてしまったんです。

ここところ、母の話題やら、娘の話題と続いてしまったので・・・。^^;

母は母親に育てられなかったからか、厳しい母でした。
それに気づいたのは、私の子どもが出来て、母の膝にちょこんと座ったとき、母が「昔はこんなことさせなかった」と言ったときです。
そう言えば、そんな甘えた記憶がありません。
和裁の仕事をしていたので、針をもってる母のそばで1人遊びをする自分しか覚えていません。母もよく「泣きもしないで(1人でメリーなんかを見て)寝ている手のかからない子だった。」とよく言っていました。

年の離れた4人兄弟の三番目で、母が頼りにするのは長女の姉、その2歳下の兄は愛嬌があって活動的、末っ子の弟は可愛いだけ。
そう言えば自分は橋の下から拾われてきたに違いないと何度も思ったっけ。(でも三番目をわざわざ拾うとは思えないし・・^^;)
姉の使い走りをしたり、弟のお守りをしたり、私は結構いい子だったと思います。

私は何でも姉のお下がりで、参観日も弟が小さかったので、「来ないよね。」と、今考えるとなんて物わかりのいい子どもだったんでしょうか。(それとも単純だっただけか?^^;)

褒められて育っていないので、子どものほめ方はうまくありません。今でも悲しいのは小学6年生の時算数のテストでクラスで1人だけ100点を取ったのに、褒めても喜んでもくれなかったこと。
私にしたら奇跡的なことだったのに、全部出来たのにこんなに悲しい100点はありませんでした。どうも、このテストはみんな出来が悪かったらしく、先生はやり直しと、解説に授業1時間使いました。図形の問題でしたが、その後算数数学で満点を取ったことはありませんでした。

母は口が悪く愛情表現が苦手なのです。
いまはそれで許せます。

父が早くなくなり母は病気していたので、それぞれ姉兄が助け、自分の番も何の疑いもなく生活費を入れ、結婚資金も自分でまかないました。若い頃自分にお金を使わなかったし、今は家族重視の生活でDIVOの旅をしたのは、それで私の人生が終わりだったら悲しいと思ったからでした。

そういう愛情に希薄な家庭で育ったせいか、どの子もみんな同じで、目に入れても痛くないような子はいないんですよ。(いいのか、悪いのか・・・^^;)
長男は15から寮生活させていますが寂しくないですし。
全く甘くない親です。
子どもに関しては絶対に「おにいちゃんだから我慢して」とはいいませんでした。三人兄妹皆同じ扱いです。ケンカをすれば話は聞きますが仲良くできないのは共同責任でみんなにげんこつ一つづつ。
あの子にはOKで、この子にはダメ、みたいなことはしてこなかったと思っていますが、それは子どもじゃないと判りませんね。

お母さんネタに付き合ってくださってありがとうございます。
ついつい身近な話題になってしまって。^^;

自分に似ている娘がどうなっていくか、私も興味を持って眺めていきたいと思います。
また何かとネタになると思いますので、親子共々、どうぞ宜しくお願いします。

投稿: ぴろちゃん | 2007年8月 2日 (木) 15時44分

>>こんなに悲しい100点はありませんでした。
うわぁ・・・なんか泣けてきたぁ。
そうか、針仕事・・・近寄れないですね。
厳しい母さんだったんだ・・・じっと我慢していた子だったんだねぇ。
DIVOの旅は本当によかったですね。

・・・ある時の三者面談後「こんな恥ずかしい思いしたの始めて」
一言いわれたこと思い出しちゃいました。ある時、学力がガクっと落ちまして。
それからテストなんか見せたことないですし通知表もないです。
見せろとも言わなかったし(笑)
そのうち「あんた、なんで昼から家にいるの?」
「昨日から春休みだから・・・」「そ・・・」みたいな(爆)

引越しして学校が変わり、お弁当になったことも知らなかったかもしれません。
いや、知っていたのでしょう「作って」と言わない私をジッと見ていたのでしょうか。
その時の母は今の私と同じ歳です。複雑です。
この歳って、その頃(私の場合だけど)思ってたより人間として出来てないし、日々迷いもある・・・(笑)

でも、ぴろさんも、ほら、「自分に似ている娘」
じっと我慢する子だってこと、お母さんチャンとわかってるでしょ。
きっと私には、その頃の子供のままの自分がいて、ちょっと安心しました。たくましい「お母ちゃん」素敵です( ^ー゜)b

>>母は口が悪く愛情表現が苦手なのです。
そうなんでしょうね。
定年退職後メッキリ、あちこち具合いが悪くなった母・・・結局、これから嫌というほど向き合うことになりそうです(汗)

これからも、覗かせていただきます。母じゃないのでコメントしないかもしれませんが、よろしくお願いします。
あ~やっぱり母になりたかったなぁ (=^_^=)

投稿: まいける | 2007年8月 2日 (木) 17時54分

まいけるさん


>>>>>この歳って、その頃(私の場合だけど)思ってたより人間として出来てないし、日々迷いもある・・・(笑)


この前、次男に「ほっとけ!」と言われたので、頭に来て私もお弁当作りませんでした。「ほっとけ、ってそういうことでしょ?」とかいって。^^;そしたら、友達に笑われました。「や~ね!子どもと同じジャン」って。(^^ゞいや、全く、人間出来ていません。

友達は中学生の時に、一度お弁当に文句を言ったら、それ以後全く作ってくれず、以後ずっと自分で作ることになったとか。
どこの母子にもいろいろあるみたいですね。

まいけるさんも、お母様もちょっと(かなり?)意地っ張りさんなのではないですか?
そのころ、お母様も、若かったんですよ。

もう、姉とケンカしてる母をみると、子どもみたいで・・・・。80歳になっても、人間て、出来るモンじゃないですね。(;^_^A アセアセ…(^^ゞ
特に長女(第一子だと余計に?)と母親って友であり同志であり、永遠のライバルなのかもしれません。私は次女だから何だか判りません。^^;

投稿: ぴろちゃん | 2007年8月 2日 (木) 20時39分

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